大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)267号 判決

上告人 ノースウエスト・エアラインズ・インコーポレイテッド

右代表者 レジナルド・コートネイ・ジエンキンス

右訴訟代理人弁護士 福井富男

大野義夫

田中隆

被上告人 選定当事者

小泉安司

(選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人福井富男、同大野義夫、同田中隆の上告理由について

思うに、争議行為は、労使当事者が、主として団体交渉における自己の主張の貫徹のために、個別的労働契約関係その他の一般市民法(以下「一般市民法」という)による法的拘束を離れた立場において、就労の拒否等の手段によって相手方に圧力を加える行為であり、法による争議権の承認は、集団的な労使関係の場におけるこのような行動の法的正当性を是認したもの、換言すれば、労働争議の場合においては一定の範囲において一般市民法上は義務違反とされるような行為をも、そのような効果を伴うことなく、することができることを認めたものにほかならず(労働組合法八条参照)、憲法二八条や労働法令がこのような争議権の承認を専ら労働者のそれの保障の形で明文化したのは、労働者のとりうる圧力行使手段が一般市民法によって大きく制約され、使用者に対して著しく不利な立場にあることから解放する必要が特に大きいためであると考えられる。このように、争議権を認めた法の趣旨が争議行為の一般市民法による制約からの解放にあり、労働者の争議権について特に明文化した理由が専らこれによる労使対等の促進と確保の必要に出たもので、窮極的には衡平の原則に立脚するものであるとすれば、社会的経済的な力関係において労働者より優位に立つ使用者に対して、一般的に労働者に対すると同様な意味において争議権を認めるべき合理的理由はなく、また、その必要もないというべきであるが、そうであるからといって、使用者に対し一切争議権を否定し、使用者は労働争議に際し一般市民法による制約の下においてすることのできる対抗措置をとりうるにすぎないとすることは相当でなく、個々の具体的な労働争議の場において、労働者側の争議行為によりかえって労使間の勢力の均衡が破れ、使用者が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、使用者側においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められるかぎりにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきである。労働者の提供する労務の受領を集団的に拒否するいわゆるロックアウト(作業所閉鎖)は、使用者の争議行為の一態様として行われるものであるから、それが正当な争議行為として是認されるかどうか、換言すれば、使用者が一般市民法による制約から離れて右のような労務の受領拒否をすることができるかどうかも、右に述べたところに従い、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、交渉経過、組合側の争議行為の態様、それによって使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛に対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによってこれを決すべく、このような相当性を認める場合には、使用者は正当な争議行為をしたものとして、右のロックアウト期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務を免れることができるものというべきである。所論は、ロックアウトの正当性の要件を労働者の争議行為のそれよりも厳格に解することは憲法一四条に違反すると主張するが、使用者に対し労働者に対すると同様な意味において争議権を認めるべき合理的理由のないことは前記のとおりであり、憲法一四条が合理的理由に基づく差別を禁止するものでないことは、当裁判所の判例とするところである(昭和三八年(オ)第七三七号同四〇年七月二〇日大法廷判決・民集二〇巻六号一二一七頁)。

ところで、本件において、上告会社は、その日本支社の従業員をもって組織する労働組合(以下「組合」という)が新たな労働協約の締結や賃上要求等に関して争議行為を開始したところ、組合員であった被上告人及び別紙選定者目録記載の選定者らに対して順次にロックアウトを実施し、同人らの就労を拒否したものであるが、原審は、右ロックアウトに至るまでの団体交渉及び争議の経過、組合のした争議行為の性格・手段・方法、右争議行為によって上告会社の被る損害の程度等に関する事実を認定したうえ、これらの事実によれば、本件ロックアウトは、組合の平和義務違反の争議が開始されたあとをうけて一見受け身の形で行われているが、その実質において組合側の焦りに便乗藉口した嫌いがないとはいえず、むしろ、上告会社は、組合の争議行為に対処するための措置に腐心するよりは、積極的に組合員を職場から排除し、代替者として日常業務を行わせようとして、組合の争議行為が開始されるや時を移さず進んでロックアウトの途を選んだものであり、この間に組合側の要求事項につき上告会社に有利な解決を図ることを目的としていたものであるとし、結局、本件ロックアウトは先制的・攻撃的であるに近いと判断しているのであって、原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、すべて正当として是認することができる。このような事実関係のもとにおいては、本件ロックアウトが、衡平の見地から見て、労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当性を有するものと認めることは困難であり、これを正当な争議行為ということはできない。それゆえ、上告会社は被上告人及び選定者らに対しその間の賃金支払義務を免れないとした原判決は、その結論において正当である。論旨は、すべて採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下田武三 裁判官 藤林益三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫 裁判官 団藤重光)

(昭和四八年(オ)第二六七号 上告人 ノースウエスト・エアライズ・インコーポレイテッド)

上告代理人福井富男、同大野義夫、同田中隆の上告理由

第一点原判決は憲法第一四条一項の規定に違背している。

原判決は、本件において組合が行なった昭和三九年一二月一日および同月四日から六日までのストライキについては、「この協約の有効期間中会社組合いずれの側も争議行為をしない」との平和義務条項を含む労働協約の有効期間中に行なわれた点についてだけ。

「たしかに性急の感を禁じえず、その点失当であるばかりでなく-中略-

法律的には、平和義務条項の合意ないしは信義に反する労働契約上の債務不履行として、損害賠償義務を成立させる原因となり得るものである」(原判決一二丁)と判決しているが、かかる協約上の義務違反の点を除いては、ストライキは当然に正当な争議行為であり、雇用契約上の義務違反を構成するものではなく、原判決が正当なロックアウトの要件として指摘しているような用件を正当なストライキの要件とはしていない。

ところが本件のロックアウトについては

「係争のロックアウトは、控訴人会社の業務運営上緊急やむを得ない防衛的のものであるとは認められず、むしろ先制的、攻撃的であるに近いから、これを正当な事由に出たものとは認めることができない」(同二一~二二丁)と判断している。

右のような原審の判断は、労働紛争解決の手段としての組合のストライキと、使用者のロックアウトを対等な争議手段とせず、ロックアウトについてのみ厳格な正当性の要件を要求するものであって、所謂争議対等の原則に反し、組合と使用者をその社会的身分のゆえに不平等に取扱うものであって憲法第一四条一項の規定に違反する。

労働者あるいは組合にストライキの権利を保障するのであれば、反対の当事者である使用者に対しても、対等の条件でロックアウトの権利が保障されるべきであるとするのが、労働関係発展の歴史的過程のなかで確立されてきた原則である。このことは、近代的な労使関係の発展のうえで先進的な役割を果してきた各国の実情を検討すれば明らかである。

まずこの点で最もながい歴史的経験を有する英国においては、一九二七年の「労働争議及び労働組合法」が、すでにストライキとロックアウトを対等の争議手段として次のように規定している。

「第一条

(一)(イ) 罷業(Strike)は左の場合には之を違法とする。

(1) 罷業者の従事する職業又は産業内の労働争議遂行以外の目的又は斯る争議遂行に附加する他の目的を有し且つ

(2) 直接に又は社会に困危を蒙らしむることによりて政府を強制せんとすべく計画されたる罷業なるとき。

(ロ) 閉出し(lock-out)は左の場合には之を違法とす。

(1) 閉出しを行なへる雇主の従事する職業又は産業内の労働争議遂行以外の目的又は斯る争議遂行に附加する他の目的を有し、且つ

(2) 直接に又は社会に困危を蒙らしむることによりて政府を強制せんとすべく計画され考慮されたる閉出しなるとき且つ斯る違法なる罷業及び閉出しを開始し又は継続し若くは其遂行又は支持の為に金銭を支出することは違法とす」(緒方節郎・ロックアウトに関する法律上の諸問題・司法研究報告書第五輯第五号一六二頁)

そしてこのような法律の規定だけではなく、実際上もロックアウトは従前からストライキと全く同様の地位を与えられ(緒方・前同書一六〇頁)労働者の争議行為と同一法理によって規律されている(片岡昇ほか・イギリス労働法・労働法講座第七巻(上)一、九八三頁)。

西ドイツについて言えば、一九四九年に制定されたボン基本法は、法の前の平等に関してわが国の憲法第一四条一項と同じような左の規定をもっている。

「第三条(法の前の平等)

(1) すべての人は、法律の前に平等である。

(2) 男女は、平等の権利を有す。

(3) 何人も、その性別、門地、人種、言語、出身地及び血統、信仰、宗教的若しくは政治的意見のため、差別され又は特権を受けることはない」(石川・花見著西ドイツの労働裁判二〇四頁)

そして一九五五年一月二八日連邦労働裁判所大法廷は、ストライキとロックアウトの本質に関して画期的な決定を下したが、この決定のなかで大法廷は、右基本法第三条と争議対等の原則について要旨左のように述べている。

「争議行為の是認、国家の中立の原則、基本法三条の平等原則から、国家は立法、行政、裁判において社会的当事者双方の争議手段を不平等に取扱うことを禁じられる。すなわち武器平等ないし争議対等の原則が存在する。また争議手段が社会的に相当なものである限り、争議自由の原則、より正確には争議手段選択の自由の原則が存在する。労働者と使用者は、労働条件の分野で対立的利益を調整するため相手方にそれ相当の態度を強要することができ、その際には正当な争議行為の範囲で、彼等に適した、歴史的にも伝統ある、事物の性質に即した争議手段を選択できる」(菅野和夫・ロックアウト解約告知・法学協会雑誌八九巻九〇~九一頁)

アメリカにおいては後にのべる通り、ロックアウトは使用者のコモンロー上の権利として古くから殆んど制限なく許されてきたし、一九三五年のワグナー法制定以後も、ロックアウトは労働者のストライキに対抗する使用者の争議手段として承認されており、これを使用者の争議手段であるが故にストライキとは異なるものとして、特別の制限あるいは条件を付するということはされておらず、ただロックアウトが積極的に労働者の団結権を侵害し、不当労働行為を構成する場合にのみその正当性が否定されているのである。

ところでわが国の憲法および労働法が予定する労使関係はこのような諸国における歴史的発展の所産としての労使関係と共通のものであって、これと異質なものではない。それは団結した労働者の団体と使用者またはその団体とを、労働力の取引関係における対等な当事者として、その間の自由な団体交渉によって労働力取引の自由すなわち契約の自由を保障せんとするものである。そうである以上両当事者はあくまでも平等対等であり、取引手段として当事者が行使する武器についても対等でなければならない。

第二点原判決は民法第四一三条および第五三六条二項の解釈を誤っており、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決は第一点で述べたとおり、本件のロックアウトが上告人会社の業務運営上緊急やむを得ないものではなかったし、先制的・攻撃的であるに近いから正当でないと判示し、さらに上告人会社がロックアウトを継続し組合員らの就労を認めなかったことになる。

「組合員の就労申出でがなされたにかかわらず、債権者である控訴会社の側に受領遅滞が存し、その責に帰すべき事由としての就労拒否により履行不能を生じた場合に当たるものと解するのが相当であり、結局被控訴人及び選定者らは民法第五三六条二項の規定によりロックアウト期間中の賃金請求権を失わないこととなる」(原判決二七丁)と判断している。これを要するに原判決は本件ロックアウトを集団的な争議行為としてとらえず、ロックアウトに伴う労務の受領拒否が、個別的な労働関係を規律する法律である民法の受領遅滞に該当するか否かという観点から判断し、その結果民法上の危険負担の規定を適用して上告人会社の賃金支払義務を肯定しているのである。

しかしながら、言うまでもなく右の民法の諸規定は、集団的な労働力の取引関係を全く予定していない規定であって、個々の当事者の平等・対等の取引関係を予定した規定である。特に受領遅滞の規定は契約に基づく双務的な債権・債務関係の存続する全期間を通じて、契約上の給付とこれに対する対価とが互に対価的なつながりを持っているばかりでなく、契約違反の場合には、債権者に対しては、受領遅滞の責任を負わせて対価支払の義務を課することができる反面、債務者に対しては、債務不履行の責任を負わせて損害賠償の義務を課することができるという、責任負担の公平が保障されている制度を予定するものであり、そのような制度の下においてのみ適用可能な規定である。ところがわが国の現行の制度のもとにおいては、争議権保障の結果、労働者が労働条件変更のためにストライキをしても、労働者はあらゆる資格において民事上の損害賠償義務を負わないこととされ(労組法第八条)、継続的な労働契約関係をストライキによって何時でも中止できる制度を保障するに到ったものであって、このことは労働契約の性格に一大変貌を与え、したがってまた受領遅滞適用のための前提条件も大きく変更されたものと言わなければならない。この点について緒方氏は前掲書のなかで次のように述べているが全く正当である。

「即ち、契約上の効果の面において観察すれば、ストライキ権は個々の被傭者をして労働契約の継続的関係を有効に一時中止せしめる権利を与えたことになる。即ち労働契約の当事者たる罷業者は労働条件を変更する目的で且つ団体行動によって労働契約の存続中において給付義務を負わず且つ不履行による損害賠償も負わないのである。

このことは平常時はともかく、「争議行為」の場合には労働契約の双務的契約として具備する拘束力を外すということを承認するものである。そして一般に双務的契約の拘束力が外されることが承認されると給付義務が停止される反面、反対給付の義務従って給付につき債権者の協力を要する場合には予め給付の受領を拒否すること即ち受領遅滞による責任も外されるべきであるとされるのが、双務的契約の要求でなければならない」(緒方前同書二〇九頁)

右のように、労働条件変更のための争議行為としてのロックアウトについては、受領遅滞の規定は適用がなく、ストライキと対等に集団法的に把握せらるべきものであるとの点については、先に引用した西ドイツ労働裁判所大法廷決定が画期的な先例となったのであるが、左のような決定の内容はわが国におけるロックアウトの判断にも妥当する。

「ロックアウトの法的性質もストライキと同様に個人的見解によっては看過されてしまう。ロックアウトはストライキと同様統一的な全体として集団法的にのみ把握さるべきであり、その法的評価においては、集団的な行為全体が労働法秩序の基本原則から適法であるかどうか、のみが決定となる。もし適法であれば、労働契約の個人法的平面においても異議を唱えられるものではなくなるのである。つまり、集団法的に正当なロックアウトは労働契約の解約告知をなんら必要とせず、これまで通知が要求したような期間を付した解約告知も、即時のそれも、必要としない。また争議目的達成のため労働者を即時に職場から閉め出せば、受領遅滞の観点からの賃金請求権も存しない。これら帰結は労働者が即時の労働停止によって労働義務を負わないのと同じであり、争議対等の原則の要請するところである」(菅野前同書九一頁)

一九七一年四月二一日の同裁判所の同じく大法廷決定は、ロックアウトに関する同裁判所の見解を更に明確にするものであるが、この決定のなかで同法廷は労働争議手段は相当性の原則の適用を受けることを前提としてロックアウトについて次のように判示している。

「この相当性原則の下では、ストライキのみならずロックアウトも争議手段として許容される。使用者側にこの争議手段を認めなければ、労働条件を社会的当事者の自由な協定により形成する(協約自治)は崩壊するであろう。この建前は双方の対等の交渉力を前提とするからである。このロックアウトは個々の使用者もなしうるし、ストライキに参加していない労働希望者に対してもおこなえる」(菅野前同書一〇六頁)

先に述べた通り、英国においてはロックアウトはストライキとパラレルに理解されているのであるから、個別的な契約関係上の受領遅滞の問題が起る余地はなく、米国についても緒方前掲書は次のようにのべており、ロックアウトが集団的争議行為として集団法的に把えられている実情を知ることができる。

「ストライキが定期的労働契約に違反するから不法であるとか、ロックアウトが契約に違反するから受領遅滞であるとかの議論は実際上、現在の米国労働法の舞台から姿を消しているか又は純理論的問題として実践の舞台に現われないもののようである。

けだし「団体交渉及び共同組合の原理はいまやこの国の産業生産において十分に確立せられている」のであり、労働契約のかわりに労働協約が支配しているからである」(緒方前掲書一二〇頁)

以上述べたところにより、原判決が本件ロックアウトを集団的な争議行為として正当性を集団法的に判断せず、民法の前記各規定を適用して判断したことは、法令の解釈を誤ったものであり、しかもその誤りは判決に重大な影響を及ぼすものと言わなければならない。

第三点原判決は正当なロックアウトの要件を規定する条理あるいは社会法に違背し、その違背は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

すでに上告理由第一点および第二点において詳述してきたとおり、ロックアウトは労使対等の原則の下で、労働者に労働力の売り止めの権利としてのストライキが認められるのに対応して、労働者の買止めの権利として使用者に認められるべきものであり、このような原則は「法令に規定なき事項」に関する条理と言うべきである(緒方・前掲書一九一頁参照)。

昭和四〇年一一月一日の福岡高等裁判所判決はこのことを次のように判示している。

「ロックアウトは、労使対等の原則に基づき、労働者のストライキに対応する争議手段として、使用者に是認せられた社会法上の権利であり、労働者のストライキ権と同様の社会的機能を営ましめるものと解するのが相当である」(労働関係民事裁判例集一六巻六号八五七頁-西日本新聞社事件)

このような条理あるいは社会法によって是認されるロックアウトについては、その正当性は、集団的な争議手段としての観点から、ストライキその他の労働者側の争議手段の正当性の要件とのかねあいの下に判断されるべきである。しかるに原判決はこのようなロックアウトの本質については全く考慮をはらうことなく、本件のロックアウトに民法の受領遅滞あるいは危険負担の法理を適用してその正当性如何を判断し、ロックアウトが「緊急やむを得ない防衛的のもので」なかったとか、「先制的・攻撃的であるに近いから」正当でなかったと判断しているのである。

ところで原判決の防衛的とか先制的・攻撃的とか言うことには、客観的な判断基準がなく甚だ不明確であって、その結果極めて主観的な判断に終始していると言わざるを得ない。のみならず原判決は、防衛的か攻撃的かということが何故民法の受領遅滞あるいは危険負担の規定の適用を左右するのかその理由を全く示していない。ロックアウトが労働者の争議行為に対応する、使用者側の争議行為として承認されるべきものであるならば、それは原判決が説示するような意味で、防衛的でなければならないとか、先制的・攻撃的であってはならないとかの理論は成立しない。それは労働者の争議行為にこのような要件が必要とされないのと同様である。英・米・独等の諸国においても正当なロックアウトに右の様な要件を必要とはしていない。前述したドイツ労働裁判所の大法廷決定のなかには、攻撃的ロックアウトあるいは防禦的なロックアウトと言う言葉が見られるが、そこに言う攻撃的あるいは防禦的ということは、何れが先に争議行為を開始したかによって判断されている。

例えば前記一九五五年の決定は

「労働組合が労働条件を獲得するため期間を守った解約告知をしないでストライキを敢行するときは、相手方たる使用者は、集団的な防禦的なロックアウトによってスト参加被用者の労働関係を即時に解消できる」(菅野・前掲書九〇頁)と判示しており、また一九七一年の大法廷決定は、ロックアウトは原則として労働関係を停止する効果を持つとし、労働者を解雇する解消ロックアウトが是認される要件を制限したが、このような停止的効果のみを持つロックアウトであれば、攻撃的ロックアウトも是認されると判示した(菅野前掲書一〇九頁)。

米国においては、ロックアウトの適法・違法は専らそれが不当労働行為に該当するか否かと言う観点から判断されてきた。即ち同国の全国労働関係法第八条(a)項の(1)~(5)号は、わが国の労組法第七条に相当する使用者の不当労働行為に関する規定であるが、ロックアウトについてはこの規定との関連で次のように述べられている。

「一九四七年のタフトハートレー法は、ロックアウトと言う言葉を四つの節の中で用いており、かくて使用者が経済上の武器として適法ロックアウトに訴えることができる場合があるということの成文法上の承認を与えている。

組合組織化または組合の要求に反対する為の武器として用いられるロックアウトは、八条(a)項(1)、(3)、(5)号のいずれかあるいは全部の規定に違反するものであると判示されてきた。したがってロックアウトについての法律は、通常上にあげた条項に関するものとされてきた。しかしロックアウトはまた組合の内部運営に干渉する為、あるいは不当労働行為の申し立てに対する報復としても用いられることが可能であり、その結果八条(a)項の(2)あるいは(4)号の違反を構成する場合も考えられる。ロックアウトの適法性または違法性は、主としてその目的による」

(全米法律家協会労働法部会・モリス編・労働法の発展-一九七一年BNA刊-The Developing Lavor Law五三九~五四〇頁)

そして如何なるロックアウトがいわゆる攻撃的であり、したがって不当労働行為とされてきたかについて、石川吉右衛門氏は次のように述べている。

「不当労働行為制度の作られた一九三五年以来、日本流に言えば、防禦的ロックアウトのみが認められ、攻撃的なものは認められないという考えの方が強かったと言えよう。防禦的であるというのは、組合がシットダウン・ストライキをしている場合、時限ストのような所、時間をかまわず行なうクイッキー・ストライキをしている場合、原料をスポイルするようなストライキをしている場合、多数の使用者が組合と統一交渉をしているときその中の一人に対して行なわれるウィップ・ソオ・ストライキの場合である」(司法研修所研究叢書第五五号・日米比較労働法一六七頁解説)

ところが一九六五年米国連邦最高裁判所は、アメリカン・シップビルディング・カンパニー事件(三八〇US三〇〇)において、団体交渉が行き詰った場合、使用者が労働組合に圧力を加えることを唯一の目的として工場を閉鎖し、労働者をレイ・オフすることは不当労働行為にはならないとの画期的な判断をした。ロックアウトと団結権および団体交渉権侵害の不当労働行為(全国労働関係法八条(a)項の(1)号)および差別待遇の不当労働行為(同法八条(a)項の(3)号)との関係に関する判決の要点について、前掲の「労働法の発展」は次のように述べている。

「八条(a)(1)に関して、最高裁判所は、攻撃ロックアウトは法的に保護される被用者の団体交渉権およびストライキ権に必然的に干渉するものであるという、労働関係局の見解を否定した。

当該のロックアウトは団体交渉中に使用者になされた要求に抵抗し、このような要求の修正を求める為になされたものであったが、使用者の側における反組合的意図の立証がない場合、前記のような使用者の側における意図は、いかなる点においても被用者の団体交渉権と衝突するものではない。また多数意見は、ストライキ権というのは仕事をやめる権利でそれ以上のものではなく、しかも成文法上、ストライキ権はそれと共にあらゆる業務中断のタイミングと期間を一方的に決定する権利を内包するものであるということを示すものは何もないのであるから、右のようなロックアウトはストライキ権に干渉するものでもないと判示した。

攻撃的ロックアウトは八条(a)(3)に違反するものとの労働関係局の見解もこれを退け、最高裁は、そのような法律違反を認定するためには、使用者は違法な目的のために行動したとの特別の立証が必要であると指摘した。また最高裁は、労働関係局が一定の経営上あるいは経済的な目的がロックアウトを正当化するということを常に認めてきたことについて、このような目的のみがロックアウトをして八条(a)(3)の違反から免れしめるものであるとの判断は誤っている。なんとなればその条項は組合加入を思い止まらせるか、そうでなければ組合を差別するという意図を必要とするからであるとのべて、労働関係局の狭い経済的理由による正当化の理論を破棄した」(前掲「労働法の発展」五四八頁)

以上のようなドイツおよび米国の例からみても、原判決の本件ロックアウトに対する判断は、集団的争議行為としてのロックアウトを規律すべき社会法の原則に違背していることが明白である。わが国の場合においても、ロックアウトを違法とする要件は、それが集団的な争議手段としてフェアでない場合、言いかえれば憲法および労組法が予定する労使関係の観点からして許されない場合と理解するのが相当である。そうであるとすればその客観的判断基準はアメリカの場合と同様ロックアウトが不当労働行為に該当するか否かと言う点に求められるべきである。

原判決の法令違背の他の点は、本件の特殊な事情についての原審の判断に関係する。即ち原判決にも明らかなとおり、本件の労働争議においては、組合が先ずストライキに出たものであり、しかもそのストライキは未だ平和義務条項を含む労働協約の有効期間中になされた。ストライキは時限ストライキであり、実際に行なわれたストライキのほか将来も継続の可能性が大であり、しかも組合の計画としては、組合の犠牲を最少にして、会社に最大の打撃を与えるという頭脳的な戦術が計画されていた(乙第五二号証の一)。

ロックアウト開始後は腕章着用のままの就労が問題となり、上告人会社としては組合員が腕章を外して就労するのであればこれを認めるとの態度をとったのに、組合員は組合の指令により腕章着用のままの就労という、原判決も認める違法な就労状態の承認を求めてやまなかった。このような争議の状況であったのに、原判決は上告人会社が、ロックアウト解除の条件として組合に対しストライキ権の放棄を初めあまりにも多くを要求したとして、本件ロックアウトは結局攻撃的ロックアウトになると判断した。

しかし、乙第三二号、三三号、三四号証および第一審における江森証人の証言(二五七項)に明らかな通り、上告人会社としては労働協約が未だ有効期間中であった一二月一五日までは、組合に対しその期間中はあくまで争議行為を中止するよう求めたが、それ以後の期間については、短期間の休戦協定、例えば乙第三四号証のような三〇日間の予告で何時でも解約できるような休戦協定を求め、この間に出来る限り問題を交渉によって解決しようとしたものであって、原判決が言うように問題が最終的に解決するまで、組合にストライキ権を放棄するよう求めたものではない。以上のような事情を総合して判断すれば、本件のロックアウトは常識的な意味においてもこれを先制的とか攻撃的とか言うことは不適当であり、いわんや前述の通りロックアウトを集団争議行為として、その正当性を判断する場合には、かかる状況下のロックアウトは決して先制的あるいは攻撃的ロックアウトなどと呼ばれるべきものではない。この点においても原判決は法令ないしは条理の適用をあやまっている。

結語

以上の各上告事由に照し、原判決はロックアウトの本質を理解せず、本件のロックアウトの正当性を判断するについて、憲法その他の法令に違背していることが明白であるので、破棄されるべきであると信ずる。ロックアウトの本質に関する諸国の先例の意議を深く御検討頂き、現在の我国の労働法体系のもとで、労働条件の対等な決定のために、ロックアウトが使用者の争議手段として是認されるゆえんについて、貴裁判所の明決な判示が下されることを切望致します。

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